最初は、クラスの女子皆から無視された。
誰一人、私に話しかけてくれない。
目を合わせてもくれない。
まるで私が存在しないかのように、振舞う。
原因は、きっとあれだろう。
些細なことで、リーダー格の子の自信を傷つけてしまった。
私は嫌われた。
その仕打ちとして、クラスの女子皆から無視された。
女子の雰囲気が彼らに伝わり、男子達は皆、知らんふり。
私は特に彼らと親しいわけでもないし、皆、厄介事には関わりたくないものだ。
無視されるのは、それだけで充分精神的に辛い。
ある日学校に来たら、私の上履きがなくなっていた。
クラスメイトの女子が数人、私を見てニヤニヤ笑っている。
悪意に満ちた嫌な笑みだ。
私は靴下のまま、教室に行くことになった。
何も知らない人達の奇異な視線がとても痛い。
クラスに入り、担任がその事に気づいた。
そして、私の上履きは、トイレの中に投げ込まれているのを他のクラスの子が見つけた。
無視だけで、すまなくなった。
彼女達の行動は、どんどんエスカレートしていった。
教科書がなくなるのは当たり前。破かれることも当たり前。
机には酷い言葉が書かれているのも。
下駄箱の中に、ゴミが入っているのも。
いつか教室に入ったら、私の机も椅子もなくなったいるのではないかと、私は怖い。
彼女達は、私の心に突き刺さるような言葉ばかりいい、精神を傷つける。
そんなある日、私のクラスに転校生がやってきた。
男の子だった。
どこか垢抜けていて、笑顔で新しいクラスメイトを見ている。
背が高く、整った顔立ちをしている。
女子たちが一斉にヒソヒソと彼のことを話す。
担任が、転校生の名前を黒板に書いた。
雨宮凛―――凛は笑顔で、元気な声で言った。
「雨宮凛です。宜しくお願いします」
とても透明で綺麗な声だった。
担任は雨宮君に席を教えてあげた。雨宮君の席は私の隣だった。
よりによって私の隣だった。
女子達の嫉妬の眼差しをヒシヒシと感じる。
雨宮君にはわからない。
このクラスがかつて彼がいた学校のように、平穏なクラスではないということを。
きっとこれからも、もっと酷い仕打ちを私は受けるんだろう。
「初めまして。雨宮です。名前は何て言うの?」
雨宮君は席に着くと、私に笑顔で挨拶した。
美少年がすぐ傍にいることに私は緊張し、顔を俯いた。
「雨宮君、高橋さんと話すと陰気臭くなるよ~」
私が口ごもっていると、女子が言った。そして、女子達が笑った。
私は恥ずかしさと辛さで、この場から消えたいと思った。
彼が私の隣でなければ、こんなことにもならなかったのに。
私は担任も恨んだ。
けれど、雨宮君は驚いた表情で女子達を見た。
「どうしてそういう事言うの?そんなこと言っちゃダメだよ」
女子達は気まずそうな顔をして、そして私を睨み、視線をそらした。
雨宮君は少し困った顔をしながら、私を見た。
「えーっと高橋…さんだよね?とにかく気にしないほうがいいよ」
私は久しぶりに、人の温かさに触れた気がした。
お礼を言いたかったが、のどに詰まって言えなかった。
涙が出そうになり、私はずっと俯いていた。
雨宮君は、その人懐っこい性格と整った容姿で、クラスの皆から慕われた。
学校が終わるまで、彼の周りには常に人がいっぱいいた。
放課後。
女子達に教室に残るよう言われた。嫌な予感がした。
しかし、従わなければ、今までより酷い目に遭うだろう。
案の定、雨宮君の事で彼女達は怒っていた。
恥をかいた、と彼女達は言う。
雨宮君に近寄るな、とも言った。
今まで殴られたりしなかったが、今度は殴られたり、蹴られた。
数人に囲まれて殴るから、逃げるにも逃げれない。
さらに私の服を脱がし、恥ずかしい写真を携帯で撮られた。
痛みと悔しさと辛さが身に染みる。
彼女達は気がすんだのか、ボロボロになった私を置いて出て行った。
もう生きていけない。
生きていくのが辛い。
私は鞄からカッターを取り出した。
もう生きていたくない。
もう死にたい。
私はただ、それだけを願っていた。
手首にカッターを当て、切ろうとした刹那、誰かが教室の扉を開いた。
反射的に振り向くと、そこには雨宮君が立っていた。
どうしよう。
誰も来ないと思ったのに。
こんな姿を見られるなんて…。
どうしよう。どうしよう。
私はパニックに落ちてた。
「高橋さん」
不意に雨宮君が私の名を呼んだ。
彼は、にこりと微笑んでいる。
そして、私の元に来てしゃがむと、私の手首を掴んだ。
じっと私の手首を見ている。
「辛かったでしょう?死にたいと思ったでしょう?でもね、何も死ぬことはないよ」
雨宮君は優しく、子供をなだめるように言った。
彼の意外な言葉に、私が固まっていると、彼は優しく微笑んだ。
「僕がいじめの代わりになってあげるよ」
「え?」
今、彼はなんて言った。
いじめの代わりになる?
一体何を言っているのだろうか。理解できない。
けれど、雨宮君は穏やかに微笑んだまま。
「いじめられたくないでしょう。恥ずかしい写真もばら撒かれたくないでしょう?」
「!…どうして、それを」
「僕は何でも知ってるよ。ねぇ、いじめられたくないでしょう?」
雨宮君は再度私に問いかけた。
彼の言葉に私は頷いた。誰がいじめられて嬉しいのだろうか。
私は普通の人生を送りたいだけ。
いじめから抜け出したいだけ。
「じゃあ僕が身代わりなってあげる。そうしたら、君は明日からいじめられないよ」
「…本当に?」
私が訝しげに聞くと、雨宮君は「うん」と頷いた。
そして、私の手首を強く掴んだ。
この時、私は雨宮君を怖いと思った。
なんだか彼は、他の人とは違うのだ。
「けど、代わりに君の手を僕にちょうだい」
さっきまで優しく微笑んでいた雨宮君とは思えないほど、冷たい笑みだった。
怖い、彼は一体何を言っているんだろう。
得体の知れないものに彼がなっている気がした。
「だって君の手、とても綺麗だもん。白いし滑らかできめ細かいし。別にいいでしょ?
死ぬより手がない方がマシだと思うけど。それにもういじめられなくなるんだよ」
いじめられなくなる―――。
その言葉が私の心を揺らめかせる。
そうだ、私はさっき死のうとしたのだ。
それはいじめが原因で。
生きていくことが辛いと思ったのは、全ていじめのせい。
私は怖ろしい取引だとわかっているが、雨宮君に手をあげることにした。
それに彼の言っていることは、嘘かもしれない。
彼は、とても嬉しそうだった。
「約束だよ。いじめられなくなったら、僕に手を差し出すんだよ」
私は彼の言葉に再度頷いた。
次の日、私は学校に登校した。
正直、雨宮君の言うことを信じたわけではない。
むしろ、あれは夢だったのではないかと思えた。
重い足取りでクラスに入ると、私に気づいた子達が挨拶してくれた。
「おはよう、かおり!」
「どうしたの?顔色悪いんじゃない?」
私は驚いて、彼女達の顔を見つめてしまった。
いじめられる前と同じ時に私と接している。
皆、私に普通通りに接してくれたのだ。
私は嬉しかった。
雨宮君の言うとおり、私はいじめられなくなった。
私が友達と久しぶりの談笑をしていると、誰かが教室に入ってきた。
それは雨宮君だった。
一気に教室の雰囲気が変わった。
女子達がヒソヒソと彼の悪口を言うのが聞こえた。
男子の誰かが足を出し、雨宮君はつまづいて転んだ。
クラスの皆が彼を嘲笑った。
その日から、雨宮君は皆からいじめられた。
私はできるだけ、彼がいじめられている現場に会わない様にした。
彼は確かに私の恩人だ。
しかし、私にいじめを止めることなんてできない。
もし止めたりして、私がまたいじめられることを考えると怖くて出来なかった。
それに、彼自らが望んだ状況だ。私が止めても意味がない。
私は自分にそう言い聞かせた。
しかし、雨宮君が無言で私を責めているような気がした。
男子達は彼を殴ったりしていた。女子もそれに参加したりする。
放課後、彼を殴ったりするのが習慣になっていた。
私はいつものように、放課後すぐ帰ろうとした。
雨宮君がまたいじめられているのだ。
皆から殴られたり、蹴られたりしている。
「かおり、あんたも参加しなよ」
帰ろうとする私を女子の一人が呼び止めた。
皆が一斉に私を見る。
「かおりは、いつもすぐ帰るよね。今日ぐらい参加しなよ」
その子の言葉に皆が同調しだした。
「俺達の仲間になるのが嫌なのか?」
男子の一人がそう言った。
もし、ここで私が参加しなかったりしたら、いじめられるのだろうか。
怖かった。皆から仲間はずれにされることが、怖かった。
けれど、雨宮君を殴ることも蹴ることもできない。
しかし、女子の一人が私の腕を掴み、うずくまっている雨宮君の前に立たせた。
「かおりは初めてだから、ホウキでも持って殴っちゃいなよ」
その子は、私に無理矢理ホウキを持たせた。
「できないはずないよな?俺たち、仲間なんだから」
「そうだよ。私達、友達でしょう」
皆、口々にそう言う。
私は震えを押さえ、ホウキで雨宮君を叩いた。
不意に雨宮君が私を見た。
その目は、私を責めているようだった。
恩知らず。最低な人間だな。
目は私を責める。
気がつくと、私は夢中で彼を叩いた。
そんな目で私を見ないで。
見ないで、見ないで、見ないで。
私は悪くない。仕方がなかった。これは仕方がないことだ。
皆、私に叩かれ無抵抗な雨宮君を笑った。
雨宮君は、私が殴ったホウキがお腹に入ったのか、胃液を吐いた。
「やだーかおり、興奮しすぎ!!」
「ハハハ!!!高橋、お前最高だよ!!」
皆、口々に私を褒めた。
私はその日から、毎日、雨宮君を殴ることに参加した。
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