「あなたは幸せですか?」
そう聞かれたら、私は迷わず、「幸せです」と答える。
私は旦那様の屋敷に仕えるメイドだ。
私の主な仕事は、カイ様のお世話になる。
カイ様は見目麗しい男子で、年はまだ12歳ぐらいだと聞いた。
黒い髪に黒い大きな瞳の女の子のような可愛らしい顔立ちをしている。
肌も色が白くきめ細かい。
私の朝はカイ様をお風呂に入れる事から始まる。
お湯の温度を調整し、カイ様に気持ち良くなってもらうよう、細心の注意を払う。
暑い日はぬるま湯にし、寒い日はいつもより暑めの温度にするのだ。
玉のような肌を傷つけないように、優しく丁寧にカイ様の身体を洗い、そして、ベビーパウダーを塗ってあげるのだ。
カイ様は嬉しそうに私に微笑んでくれるのだ。
そして、朝食の準備をする。
旦那様からの指示でカイ様の食事は、野菜中心の食事になる。
肉や魚などの肉類と乳製品は体臭をきつくするから禁止されている。
食事も飽きがこないように、味付けを変え、季節ごとの旬の野菜や果物をそろえる。
その甲斐あってか、カイ様は毎回食事を全部食べてくれるのだ。
この後は、勉強の時間になる。
カイ様はつまらなそうにするが、私はカイ様に勉強の大切さを説く。
そうするとカイ様は渋々だが真面目に勉強をしてくれるのだ。
午後からは庭でお散歩の時間になる。
カイ様に外の空気を味わっていただき、庭の色とりどりのお花を見てもらうのだ。
旦那様の指示でできるだけ、人目を避けて庭に行くよう言われているので、カイ様の顔が見えないような服を着てもらう。
そして乳母車にカイ様を入れるのだ。
カイ様の存在は屋敷内でも一部の人間にしか知られていないのだ。
旦那様に信用された者のみ知っている。
私はそんな重要なカイ様のお世話役をさせて頂き、自分の仕事に誇りを持っている。
カイ様は一人でトイレにいけない。
そのため、最初のころは恥ずかしさから、ギリギリまで我慢して、ベッドの上や散歩中でおもらしをしてしまうことがあった。
それは小さいほうだけではなく大きい方もだ。
私はおもらししたカイ様を怒ったりせず、カイ様の汚物を片付ける。
カイ様を怒ってはいけないのだ。
それは仕方がないことだからだ。
カイ様は顔を真っ赤にして泣いた。恥ずかしいのと申し訳なさで泣くのだ。
私はそのたびにカイ様に「何も気にしなくていいのですよ」と優しく慰めるのだ。
今ではカイ様はトイレに行きたくなったら、ちゃんと教えてくれるようになった。
最初のころ、カイ様は情緒不安定だった。
カイ様には旦那様の愛情を感じられなかったのだ。
そのため、旦那様の行いに舌を噛んで何回か自殺しようとした。
旦那様に対する恨みと反抗からでた行動だった。
旦那様の顔を見るだけでカイ様は、狂ったように奇声を発し、もがいた。
旦那様の悲しそうな表情や背中に私は同情した。
私はそんなカイ様に毎日毎晩言ったのだ。
旦那様はカイ様を愛しております。
愛しているから、そのようなことをなさるのです。
つまりそれは、カイ様への愛の証なのです。
私ども使用人はこのような姿をしておりますが、
それは旦那様にとってどうでもいい存在だからです。
カイ様の今の姿は旦那様に愛されている者だからなのです。
カイ様はその姿になって、何か不都合はございますか?
旦那様が側にいて、私も常にお世話させて頂いております。
旦那様はカイ様を愛しているからこその行動なのです…。
カイ様は最初は聞く耳持たずで、否定の言葉を発し、私に罵声を浴びせた。
しかし、私は諦めずに繰り返し説いた。
そして、じょじょに私の話を聞いてくれるようになった。
あの日、旦那様が触れた時、カイ様は暴れたりせず、旦那様に身をゆだねていた。
カイ様は旦那様を受け入れてくれたのだ。
私は初めて涙を流すほどうれしく思った。
旦那様の思いが報われたのだ!!そう思っただけで、涙があふれて止まらなかった。
私はそっと部屋を後にした。
あの後、旦那様からお褒めの言葉と特別手当をいただいた。
お金よりも旦那様に褒められたことが嬉しかった。
それ以来、カイ様は子供本来の明るさを取り戻した。
笑顔も浮かべるようになってくれた。
私はなんて幸せなのだろうか…!!
旦那様とカイ様のお世話をするだけで、私は幸せなのだ。
「ー!何してるの?」
不意にカイ様が私を呼んだ。
私は慌ててカイ様に返事をした。
「外を歩きたい。おろして」
カイ様は乳母車の中でもぞもぞ動いた。
私はカイ様を抱きかかえ、地面に優しくおいた。
カイ様はズルズルとはって花壇に向かった。
手足のないカイ様は、ずるずると地面をはっていく。
その姿はまるで芋虫のようだ。カイ様は可愛らしい芋虫なのだ。
旦那様は少し変わった方だ。
四肢切断愛好者なのだ。
カイ様が初めて屋敷に来たのは、6歳ごろだと聞く。
旦那様はきっと可愛らしいカイ様を見て恋に落ちてしまったのだ。
そして、カイ様の手足を切断したのだ。
今ではカイ様は自分の姿を受け入れて自分の人生を満喫している。
それでいいのだ。
皆、幸せなのだ。
カイ様は花壇につくと、私に笑顔をむけた。
なんて愛らしいのだろう。
この方のお世話ができて、私は本当に幸せだ。