サヤカが死んだ。
今日は彼女の葬式だ。
サヤカは、俺の恋人だった。
サヤカは、長く生きられない身体だった。
若かった俺は、この田舎町で生涯を終えたくなかった。
俺は都会に出た。
サヤカを置いて、俺は出て行ったのだ。
サヤカにその事を告げた時、
「気をつけて、いってらっしゃい。私、待ってるから」と微笑み、送ってくれた。
俺は絶対戻って来ると行って、結婚の約束をしたんだ。
俺は都会のものに新鮮さと感動を覚え、とても楽しかった。
いつしかサヤカの存在すら、忘れていた。
しかし、それは最初だけだ。
現実とはとても非情なもので、田舎から出てきた若者に、そう簡単に仕事が見つかるはずがなかった。
日雇いのバイトで毎日を食いつなぐ毎日だった。
都会の片隅に住んでいた俺の元に、連絡が来たのだ。
サヤカが死んだと―――。
俺はこの田舎町に戻ってきた。
俺が出て行ったとき同様、何も変わらない田舎町だ。
葬式が終わった時、サヤカの母親が俺に白い封筒の束を差し出してきた。
その封筒は、切手が貼られていない俺宛のものだった。
綺麗な字で俺の名前が書いてある。封筒が少し黄ばんでいた。
「あの子があなた宛てに書いたものです。受け取ってください」
目頭をハンカチで押さえたサヤカの母親が言った。
俺はその封筒の束を受け取り、実家にある俺の部屋で開いた。
サヤカからの俺宛の手紙だった。
―――お元気ですか?
都会の生活には、慣れましたか?
あなたの事だから、きっと楽しい生活を送れていると思います。
私は今、この手紙を病室で書いています。
あなたが都会に行ってから、体調を崩し入院することになりました。
でも、心配しないで下さい。私は元気です。
どうか、身体を壊さないでくださいね。
時々で良いから、私のことを思い出だしてください。
私はあなたのことをいつまでも、思っています。
一枚目の手紙には、綺麗な字でそう書かれていた。
俺は夢中で手紙を読んでいった。
二枚目にも三枚目にも、その後の手紙も、全て俺へのサヤカへの思いが詰まっていた。
サヤカの思いが伝わってきて、俺は泣きそうになった。
なぜ、俺はサヤカを捨て、都会へ行ってしまったのだろう。
今更になって、俺は後悔した。
手紙の内容は、どんどん体調が悪くなっていることが書かれていた。
そして、手術を受けることになったそうだ。
―――今から手術室へ行きます。
手術が成功したら、また続きを書きます。
どうか、元気でいてくださいね。
私は、いつでも待ってます。
死ぬ間際になっても俺のことを思ってくれていたサヤカ。
手術は結局失敗したのだ。
それでサヤカは死んだのだ。
俺はいつの間にか泣いていた。
自分のしてきた事での後悔。
サヤカの傍にいなかったことへの後悔。
サヤカの純粋な思いに俺は泣いていた。
不意に俺は、もう一枚手紙があることに気づいた。
おかしい。
手術は失敗し、サヤカは死んだのだ。
なぜ、もう一枚あるんだ?
俺はその手紙を開いてみた。
それは今まで読んだ手紙と違い、文字が荒々しく、赤いペンで書かれていた。
―――この手紙をあなたが読んでいるということは、私はもうこの世にいないのでしょう。
私は今までずっと、あなた宛ての手紙を書いてきました。
あなたへの思いを綴った手紙を。
私はあなたの負担になりたくなかったので、その手紙を送りませんでした。
手紙を書いているとき、私はあなたのことを思っているのと同時に、憎くもありました。
私を捨て、都会へ行ったあなたがとても憎い。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――。
私の憎悪は止まりません。
いつまで待っても、あなたは来ない。
私の死に際になっても、あなたは来ない。
お怨み申上げます。
あなたを迎えに行きます。
約束を守ってください―――。
俺は首筋に冷たいものを感じた。
サヤカの憎悪を今、一心に俺は受けたのだ。
恐怖が身体を包む。
不意に俺の肩を誰かが触れた。
嫌な汗が流れる。
後ろを振り向いてはいけない。
本能がそう告げていた。
振り向かなくても、俺にはわかった。
きっとそこには、俺が想像している人間の顔があるのだろう。
しかし、俺は振り向いたのだ。
「お怨み申上げます、あなた」