私は人付き合いがそんなに下手な人間ではない。
そこそこ愛嬌があり、誰とでもすぐ友達になれる。
けれど、そこからがいつも問題だった。
私は人の視線が気になり、いつも人の顔色ばかりうかがっていた。
親しくなった人たちから、私は嫌われるのが怖い。
だから、親しくなると私は、友達の顔をうかがった。
彼らの些細な言葉、行動を私は、いつも真に受けていた。
そこに彼らの本心が隠れていると思っているからだ。
私はそんなことでいつも傷つき、人知れず泣いたりした。
誰もそんな私には気づかない。
それはツアーの日だった。
親しい友達に一ヶ月前から、私はツアーに誘われていた。
私の家は厳しく、それに一人でいるのが気が楽な私は、ツアーに参加したくなかった。
けれど、皆、熱心に、それこそ本当、毎日、私をツアーに誘うのだ。
そのツアーは、大学の英語学科が開催するツアーで、外国人と一緒に日本の田舎に遊びに行く一泊二日の旅だ。
私の友達が丁度、英語学科の生徒で開催者の一人でもあった。
彼らの熱心さに結局私は折れ、母を必死に説得し、なんとか参加することができた。
その時の彼らの喜びようといったら…皆、とても喜んでいたものだ。
私もそんな彼らの笑顔が見れて、嬉しくて一緒に笑った。
ツアーの集合場所は大学だった。
私は朝から早起きし、バッグの中身を準備し、大学に向かった。
ちょうどの時間についたので、そのまま皆と一緒に、バスに乗り込んだ。
ツアー参加者は、全部で六十人ほどだった。意外にも多く集まり私はびっくりした。
遅刻する人間が何人かいて、おかげでバスの出発は予定より三十分遅れた。
バスの中では、ビンゴゲームなどをして遊んだ。
先にレストランで昼食をとり、目的地の田舎について、皆、自然を満喫した。
そこまでは私もそこそこ楽しめた。
けれど、夜からが問題だった。
私たちが泊まっている場所は、その田舎で一番綺麗な旅館である。
食事もおいしく、部屋一つに温泉があるという豪華さである。
ただしそれは、一番高い部屋のことだ。
私は運良く、ビンゴゲームでその部屋を当て、皆に羨ましがられた。
夕食が終わった後、皆で飲み会を開催することになった。
私はお酒が飲めないので、飲み会には参加したくなかった。
なぜなら、私はお酒を飲むと、すぐ吐いてしまうからだ。
けれど皆、私をほぼ強制的に参加させた。
皆が楽しくお酒を飲む中、私は一人でウーロン茶を飲んでいた。
私だけ取り残された感じがして、とても寂しかった。
けれど、皆、そんな私に気づかず、わいわいとお酒を飲んでいた。
誰も私には話しかけてこない、傍にいてくれない。
皆、後輩や先輩方の下に行き、私と言う存在を感じていないようだった。
あまりの惨めさと寂しさに私は、一人部屋を抜け出し、自分の部屋で持ってきた小説を読んだ。
ツアーに小説なんか持って来るつもりはなかった。
ただ、買った小説をまだ読んでいないから、もしかしたら読めるかもしれないと思ったのだ。
けれど、今は小説に救われた。
もし、小説がなかったら、私は何をしてれば良かったのだろう。
一人であのつまらない宴会にいなければならなかったのだろうか。
そう考えると、私はあまりの惨めさに泣けてきた。
家に帰りたいと切実に願った。
気づいたら、私は寝ていた。
起きた時はもう朝で、時計を見たら、もう少しで朝食の時間だった。
私は急いで身支度を整え、食堂に向かった。
そこには数人のツアー参加者しかいなかった。
皆、昨日の酒で酔いつぶれ、まだ起きていないのだ。
私は一人で食事をとった。
その状況がまるで、私の心のようにとても寂しいものだった。
皆、昨日の宴会の余韻でぐっすり眠っているのだろう。
私はそんな中にも入れず、皆と楽しむこともできず、一人取り残されている。
なぜ、こんなところに来たんだろう。
食事中は、ずっとそれだけ考えていた。
私なんて本当は必要ない。
私が参加した意味は一体何なんだろう。
皆にとって私は一体…
そう考えていくと、どんどん悲しい気持ちになり、私は泣きそうになった。
急いで朝食をすませ、私は部屋に戻った。
そこで私は人知れず泣いた。
その間、私の携帯は鳴らないままだった。
その後のツアーはまったく楽しめなかった。
皆、私に話しかけてこなかった。
おのおのが自分のことでいっぱいで楽しんでいた。
私が暗いせいなのかもしれないが、なぜ、ここまで、皆、私を放置するのだろう。
本当は皆、私が嫌いなのではないだろうか。
そうでなければ、皆、こんなことしない。
私はこの状況がある種、一種のいじめのように思えてきた。
けれど、本人達は、まったくそんなことに気づいていないのだ。
彼らは新しい友達を作ることで大変なのだ。
私と言う存在を忘れて。
友達なんて本当はいなかったんだ。
誰も私の事を 気にかけていないのだ。
その状況が余計、私を暗くした。
けれど、私もそれなりに頑張って笑顔を作り、皆に話しかけたりした。
だが、友達の一人が私の暗い態度が気に障ったのか、不機嫌だった。
そのせいで、私は余計、家に帰りたいと思った。
私は、帰りのバスでは泣いていた。
けれど、誰一人気づいてくれなかった。
たとえ、気づいたとしても彼らは、何もしてくれないだろう。
何も。
家に着いたとき、私は本当に嬉しくて、泣いた。
このツアーで、私はずっと泣いてばかりだ。
悲しくて泣いているのだ。
私の価値がわかったような気がした。
大して大切な存在ではない、と直接言われているような気がした。
明日から、また彼らに会う。
彼らは口々に「昨日のツアーは、楽しかったね」と話すだろう。
私のことなんて気にかけず、泣いていたことなんて知らず。
結局、私は彼らの友達にはなれなかったのだ。
彼らにとって私は、ペットかなんかなのだろう。
信頼していたものに裏切られた感じがした。
辛い時、私はいつも髪を切った。
女は失恋すると、髪を切るとよく言われている。
その理由は、私的に、髪を切ると新しい自分になれるからだと思う。
私は今の自分が嫌いな時に、よく髪を切る。
新しい自分になりたい時に、髪を切る。
けれど先月、私は失恋して髪を切った。
私にとって、いや、女にとって、髪を切るというのは、自分の心を整理させるための、儀式のようなものなのだ。
けれど、今、自分でわかるほど、私は情緒不安定だ。
私は一人ぼっちだ。
一人なのだ。
沢山の人に囲まれているのに、この孤独感。
なんて恐ろしいものなんだろう。
人が怖い。
友達だと思っていたこの人達が怖い。
強い自分になりたい。新しい自分になりたい。
けれど、もう切る髪がない。
儀式ができない。
手っ取り早く、気持ちを切り替えるための儀式ができない。
何を切ればいいのだろう。
一体、何を切れば。
不意に目に入った左手首。
白い肌にうっすらと青い血管が浮き出ている。
ああ、まだ切るものはある。
手首を軽く切ろう。
うっすらと切ってみよう。
世間ではリスカと呼ばれる行為だが、私自身やってしまおうと思う日が来るとは、思わなかった。
そう思うと、私は凄く安心した。
まだ大丈夫だ。
私は、まだ大丈夫だ。
私は洗面所に向かい、普段使うカミソリを鞄に入れた。
それは眉剃り様のほんの小さな黄色いカミソリ。
大丈夫だ。
これが私の今の居場所だ。
これがあれば、私は安心できる。
ダメなときは、切ってしまおう。
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