「やぁ、子猫ちゃん」
私を見かけるとジョウは、そう言って手を振った。
「その呼び方、やめろって言わなかった?」
私は、不機嫌な表情をした。
子猫ちゃん、何て呼ばれて嬉しい人間がいるのだろうか。
「そう言うところが"子猫ちゃん"なんだよ」
ジョウは、そう言うとキセルをくわえたまま、笑った。
ジョウは私より三つ年上で、いつも飄々としてて掴みどころのない男だ。
おじさんと言うわけでもなく、お兄さんというわけでもない。
その中間にいるような人間で、いつも気だるそうな笑みを浮かべている。
私は、髪は黒いけど瞳が青いジョウは私達とは違う人間なんだと思う。
「どこに行くんだい?」
「さぁ?まだ決めてない」
「じゃあ俺と一緒にいよう。そこの店の菓子が美味しいんだよ」
そう言ってジョウは、私の返事を聞かず店に歩いて行ってしまった。
私は黙ってジョウの後を付いて行った。ジョウは店の奥に座った。私も隣に座った。
私は、店のお勧めを頼んだ。餡蜜だった気がする。
繁盛しているのに関わらず、品(やっぱり餡蜜だった)はすぐ来て、私は早速口にほおばった。
ジョウはお茶だけ頼んだのか、お茶に口を付けていた。
「子猫ちゃん、俺と一緒で怖くないの?」
「何でよ?」
「まだ子猫ちゃんだから、教えないよ」
意味ありげにジョウは微笑んだ。
私はジョウのセリフを無視して、餡蜜を平らげた。
「子猫ちゃん、まだ、眼帯外れないのかい?」
「うん、まあね」
私は左目に付けている眼帯に手を触れた。
実際、怪我をしたとか病気だとかそういう理由で、付けているわけではない。
家族以外、その理由は知らない。
ジョウは興味ありげに眼帯を見ていたが、私が黙っていると店内の人間を観察し始めた。
私はそっとジョウを見た。
ジョウは整った顔立ちをしている。
青い瞳に影を落とすほどの長い黒い睫毛。
すーっと通った高い鼻筋。
そして、白い肌。
私達と顔の作りが違うジョウは、きっと別の人間なんだと思った。
不意にジョウが私の視線に気づいた。
「俺を見つめてどうしたんだい?」
「別に。ジョウに死相が見えただけ」
ふざけて言ったつもりなのだが、ジョウは口をつぐんでしまった。
悪ふざけが過ぎてしまったのだろうか。
私は慌てて、ジョウに謝ろうとした。
しかし、先にジョウがくすくすと笑い出したのだ。
「子猫ちゃんも言うねぇ~」
私も笑ったが、内心安堵した。
私達は、色々雑談した。他愛もない話。
それに飽きたので、私達は店をでることにした。
結構二人で雑談したせいか、外はもう暗かった。
私はジョウに「家に帰るから」って言って、別れようとした。
不意にジョウが私の腕を引っ張り、私を抱きしめた。
突然の事で私は驚き、動けなかった。
しばらくそうしていたのだと思う。
私はジョウの心臓の音を聞いていた。
その音だけがやけに現実的だった。
そして、ジョウはなんでもなかったかのように私を放し、微笑んだ。
「じゃあね、子猫ちゃん」
その笑顔は、なぜか見ていて胸が締め付けられるような笑顔だった。
ジョウはさっさと私に背を向け、行ってしまった。
私はしばし、そこに立ってジョウの背を見つめていた。
そして、
私はジョウの後を追いかけた。
私は人ごみをわけて夢中で走った。
直感で路地を曲がったり真っ直ぐ進んだりした。
だいぶ走ったので、肩で息をしていた所に男達の罵声が聞こえた。
私は、声のする方を走った。
なんとなく、そう直感でジョウがいると思ったからだ。
そこには地面に突っ伏したジョウを男二人が痛めつけていた。
「―――ジョウ!!」
私はジョウの名を呼び、駆け寄った。
男二人が一瞬驚いた表情をしたが、片方がすぐ私の腕を掴んだ。
「放せ!!お前ら、ジョウに何をした!?」
「嬢ちゃん、ちょっと待ちな。俺達の邪魔をするなんて、どういうつもりだ?」
私は男の腕を振り払う為、暴れた。しかし、男は私の腕を掴んで放さなかった。
「お前ら、今すぐ手を放せよ。後悔するぞ」
私がきっと睨みつけても、男たちは卑しい笑いを浮かべるだけだった。
「おい、よく見るとこいつ、かなりの上玉だな。眼帯なんて付けてるが間違いない」
「邪魔くせぇから取っちまおうぜ」
「やめろっ!!」
私は、眼帯に伸びる手から必死に逃れようとしたが、無駄だった。
男の手は私の眼帯を引きちぎり取った。
「!!お、お前…!!!」
私の左目を見て、男達は恐怖で震えた。
顔が青ざめている。
私の左目は、右目と同じ黒色ではない。
月光と同じ銀色である。
私は異眼として生まれたのだ。
私は男達を睨みつけた。
「早く立ち去れ!!」
恐怖で竦みあがっている男達に一喝すると、男達は情けない悲鳴を上げ逃げた。
私は、内心安堵した。そして、すぐジョウの元に駆け寄った。
「ジョウ!!しっかりしろ!!ジョウ!!」
ジョウの顔は痣や傷が出来ていて、見ていて痛ましかった。
必死にジョウを揺さぶり、私は何度も名を呼んだ。
流しそうになる涙をこらえ、何度も何度もジョウの名を呼んだ。
「ん…」
重たい目蓋をジョウはゆっくりと、開いた。
そして、その青い瞳に私を写すと微笑んだ。
「良かった!!やっと目を覚ましてくれた!!」
私は嬉しくて微笑み、泣いた。
「やぁ…君は誰?」
か細い声でジョウは、私に微笑みながら言った。
私は全身が凍りつくのを感じた。
「ヤダ、ジョウ、何言ってるの?私だよ…忘れたの?」
「僕はジョウって言うんだよ。ごめんね、君の事思い出せない」
ジョウはそう言って、また笑った。
その笑顔は、何も知らない子供のように無垢だった。
そして、ジョウの腕に見慣れぬ醜い痕を見つけた。
これはまさか…。
よく見ると、ジョウの周りには白い粉と注射器が散乱していた。
この粉は、阿片だった。
「ああ、君は綺麗だね。どうして泣いているの?泣いてはダメだよ」
ジョウは不思議そうな顔をして、私の頬に伝う涙を拭ってくれた。
けれど、私の涙は止まらなかった。
いつも気だるげな笑みを浮かべるジョウ。
私を子猫ちゃんと呼ぶジョウ―――!!
いない、もう、あのジョウはいない。
今、私の腕の中にいるジョウは、私の知っているジョウではない。
ジョウは、こんなに無垢に微笑んだりなどしない。
「…疲れた。少し寝かせてくれるかな。綺麗なお嬢さん、泣いてはいけないよ」
ジョウはそう言うと、また目蓋を閉じた。
私は、また耐え切れず泣いた。
ジョウは穏やかな顔で眠っている。
ごめんなさい。色々と意味のわからん作品でごめんなさい。
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